はなまる日記 第677話 睡眠の歴史🔮
こんにちは!仙台青葉店の石川です😊
今週も明るく、元気に、真剣に頑張ります!
宮城県は紅葉シーズンを迎えており、街中の木々も赤や黄色に色づき始めています。
松島、秋保、鳴子、作並、栗駒、加美などなど…各地で昼間の紅葉狩りと夜のライトアップで話題になっています。
毎年、紅葉狩りに行く私ですが、今回は松島は瑞巌寺の紅葉ライトアップへ行ってきました!
瑞巌寺は伊達政宗公の創建で慶長14年(1609)に完成した国宝です。
本堂へ向かうこの参道の先に受付があるので、そこで拝観料を納めます。
暗いですが、本堂へ向かう途中にも多くのスタッフさんがいるので安心です。
カラフルな照明の提灯を貸してくれるので、たくさんの人が持ち歩いているとそれだけでキレイな光景が広がります。
御成玄関、御成門、中門の前を進み、庫裡(くり)という建物から入り、本堂の中を進みました。
本堂の中は土足厳禁なので、脱ぎ履きしやすく、砂利道でも歩きやすい靴で行くのがおすすめです。
中へ進むと中庭では音楽に合わせて色鮮やかなイルミネーションを見ることが出来ます。
室中という孔雀の間や大きな仏間、上段の間、上場団の間などの部屋がたくさんあり、入室は出来ませんが、廊下から拝見することが出来ました。
お洒落好きな伊達政宗公が創建したお寺ということもあり、立派な内装と豪華な障壁画はまるでお城のようです。
場所を移して瑞巌寺のお隣にある円通院へ行きました。
ここは伊達政宗公の嫡孫・光宗公の霊廟として、正保4年(1647)瑞巌寺第100世洞⽔和尚により三慧殿(さんけいでん)が建⽴されました。
霊屋建築としては宮城県下最古とされ、3世紀半もの間秘蔵とされた国の重要⽂化財です。
ぐるーっと紅葉やお庭、建物を楽しみながら進むと「心字の池」という場所がります。
遠州の庭の紅葉がライトアップされ鏡のように映り、逆さ紅葉となって映し出される一番人気のポイントだそうです。
池の隣では生演奏が行われていて、とても幻想的な雰囲気でした。
紅葉は、日中の明るさで広大な景観や色彩が楽しめますが、混雑や渋滞などでやや億劫に感じることもあるかと思います。
夜のライトアップは、とても静かで昼間とは違った幻想的な景色を楽しむことができますし、あまり混雑していないのでおすすめです。
お時間がある方は、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?
「NAKED松島・国宝 瑞巌寺 秋の夜間参拝」
17:00~21:00(券売終了20:30)
「松島・円通院」
17:00~21:00(最終受付20:45)
■開催日
2023年10月28日(土)~11月19日(日)
■料金
瑞巌寺:大人(中学生以上)1人 1,300円
円通院:大人(中学生以上)1人1,300円
瑞巌寺・円通院共通券 大人(中学生以上)2,000円
※小学生以下は無料
*小学生以下については保護者の方に身分証のご提示をお願いする場合があります。
さて、今回は歴史の話にちなんで「睡眠の歴史」についてお話していきます💁♀️
現代の日本人は、平均睡眠時間が短いと言われ続けています。
近年は、健康志向が進み、睡眠時間や質の改善をしているという人が増えているそうですが、不眠症や過眠症などの悩みを抱える人はまだまだ多いといいます。
そもそも現代人と比べて昔の人は、どのような睡眠と寝具で過ごしていたのでしょうか?
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睡眠の歴史とは?🤔
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太古の昔、まだ照明器具などもなく狩猟採集生活をしていた頃には、日の出とともに目を覚まし、そして日の入りとともに眠るという生活リズムを刻んでいたことが考えられます。
これは概日リズムに則った睡眠サイクルです。
人々が集団で暮らし、野生動物に襲われないよう見張り番が必要だった時代ですが、一様に同じ時間帯に睡眠をとっており、またその長さについてもそこまで多種多様なバリエーションはなかったと推測されています。
■奈良時代
日本での寝具の歴史は奈良時代から始まり、日本最古のベッドは、今から約1,600年前の天平勝宝8年に納められたものです。
使っていたのは、聖武天皇だそうで今では御遺愛の品として東大寺に献納されています。
昔は今のようなフワフワの布団はなく、「畳」が使われていました。
■戦国時代
戦国時代になると綿が普及し始め、布団にも使われるようになりました。
掛け布団は、その日着ていた着物をかけて寝ていたのも特徴です。
使えるのは限られた人のみで、一般の人には手の届かない物だったと言われています。
■江戸時代
江戸時代になると木綿が広く普及するようになりました。
17世紀半ば頃からは上・中流階級の武士や町人の間でも綿布に木綿わたを詰めた四角い敷きふとんが使われるようになり、「布団」が敷きふとんを指す言葉となりました。
しかし、現代のような四角い敷き布団が登場したとはいえ、わたの少ない“せんべい布団”がほとんどです。
寝具はもともと高価な物で、一般庶民には到底手の届かない物でした。
江戸屈指の呉服店である越後屋などであつらえた特別品で、掛けふとんにあたる夜着を含めるとそのお値段は50~100両。
1両を現代の10万円とすると500~1,000万円もしたそうです。
せんべい布団と言えど一家にとっては財産であり、泥棒にしばしば狙われたため、室内では衝立などで隠していたと言います。
農村などではまだまだ藁や萱、稲、蒲などを編んだ敷物が敷き布団として使用されていました。
この時代の睡眠時間は、日の出とともに目を覚まし、そして日の入りとともに眠るという生活リズムがほとんどです。
家の中においても行灯やロウソクなどの明かりはありましたが、当時は行灯に使う油もロウソクも高級品であり、一般の庶民が毎日の夜更かしのためにそれらを日常的に使うということは難しかったと思われます。
そのため、日が沈めば外は真っ暗になり、月の明かりだけがたよりでした。
■明治時代~大正
そんな高級な布団が一般庶民にも普及され始めたのは、明治時代頃です。
綿の価格も下がり、一気に流通し始め、普通の布団に加えてこたつ布団が全国的に広まったそうです。
暖房なんかも当然なかった時代なので、暖房の代わりとしても活用されており、この頃には布団屋も登場し始めました。
同じ頃からしだいに四角い掛けふとんも広まりを見せ、明治時代半ばには上方以外でも四角い掛けふとんで寝るようになったようです。
外交が進むと共に電気、電球の利用が徐々に広まり、室内でも人の集まる空間や多くの人が賑わう街中には照明が灯るようになりました。
また、明治6年に「分」の単位が制定され、1時間は60分という全国共通の定時制が確立しました。
以後、早寝・早起きが推奨され、正確な時間管理のもと睡眠時間も管理できるようになり、生産や経済成長が進みました。
■昭和時代~現代
都市部だけでなく農村部も含め広く一般の人々にまで木綿わた入りの掛けふとんと敷き布団が使われるようになったのは、なんと昭和、戦後しばらく経ってからだといいます。
今では主流の羽毛の掛けふとんが普及し始めたのは1970年頃からになります。
高度経済成長と呼ばれる時代が続き、1970年代からはITの出現で情報化社会となりました。
そのため、いつ寝て、いつ起きるかが個人の裁量に委ねられる傾向になったのが、このあたりだと思われます。
以前は狭い部屋で家族がそろって川の字になって寝るのが普通でしたが、近年では住宅の欧米化や寝室の個室化、夫婦の別室化などで家族の分散化が目立つようになりました。
総務省「社会生活基本調査」によると、働いている人々(有業者(※1))の総平均睡眠時間は、1976年の8時間1分から2016年には7時間23分にまで38分も減少しています。
他国と比べても睡眠時間は短く、日本人は恒常的な睡眠不足に陥っていると言われるようになりました。
以上が「睡眠の歴史」についてのお話でした💁♀️
昔々の時代に比べると現代の寝具は、質も素材も格段に良いはずなのですが…
睡眠時間が短いというのは、なんだかもったいないような気がしますね。
自分に合う寝具を見つけることができる時代ですので、睡眠時間をしっかり確保し、質の良い睡眠を心掛けて、健康元気に過ごしましょう✨
それでは、最後に…
お布団に関するご相談・ご用命は、はなまるリビングまでお気軽にお電話ください✨
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